台湾では、従業員が5人未満の零細企業は非常に多く、労働保険に強制加入の対象ではないので、労働保険にに未加入の事業主が普通である。また、労働者は自身に債務があるため、債権者が労働保険を通じて裁判所に給与所得の強制執行を申し立てることを避けるため、労働保険に入りたくない場合もある。
労働保険に加入していないことは、労使双方が保険費用を負担しておらず、「ウィンウィン(相互利益)」と言えるかもしれないが、労働災害が起こったとき、一瞬「ルーズルーズ(相互不利)」になってしまう。被災した労働者の家庭には一家の大黒柱が倒れ、零細企業の事業主も高額な賠償のためにつぶれてしまう可能性がある。
このようなケースは製造業と建設業においてよく見られるが、製造業と建設業ばかり労働災害が頻繁に発生する職業でもある。労働部の労働災害保険給付に関する統計資料を見れば、製造業と建設業は長年にわたり、被災労働者の保険給付(交通事故で給付された労災を含まない)の前2位を占めており、毎年給付を受けた被災労働者が1万3千名を超え、合計労働災害保険の給付人数の半分以上を占めている。これは、労働災害保険をかけた者だけの統計資料であり、労働災害保険に加入していない状況を含んでいない。
今(2022)年5月1日から施行される「労働者災害保険及び保護法」は、加入対象の範囲を広めた。適法に登記された事業所に雇われている労働者であれば、雇用人数にかかわらず、全て労災保険に強制的に加入させる。雇用者が一定していない、又は自営で事業協同組合に参加する者も、強制加入である。事業主は、労働者の雇用開始(入社)若しくは組合に入会した日から、保険加入手続きを行わなければならない。従業員の労働保険加入手続きに怠っていた場合は、2万から10万元の過料が処される可能性がある。
たとえ事業主が労災保険の加入手続を行っていない期間中に労働災害が発生しまった場合ても、労働者は労災保険の補償がもらえる。労災保険の効力は、「入社日」から計算するので、事業主が加入手続きを行ったか否かに関係ない。事業主は金銭的損失のほか、行政官庁に違法した事業所に対し、その名称や責任者の氏名、処分期日が公表されるので、注意しなければならない。
万が一労働災害が発生した場合、労働者は労災保険給付を申請できるほか、労働基準法第59条の労働災害補償責任(医療費用補償、賃金補償、後遺障害補償、死亡補償等)、又は民法上の権利侵害、債務不履行による損害賠償責任を負うよう事業主に請求し得るかもしれない。いずれにせよ、事業主は労災の発生に対し過失の有無に関係なく、労災の補償責任を負うことになる。仮に労働者の過失による労災であっても(例えば労働者が安全帯を確実に使用していなかったせいで足場から落ちる、安全装置を勝手に解除したせいで腕が機械に引き込まれる等)、使用者の補償責任を免れることができない。したがって、台湾の法制度では、労働者災害が発生した後、事業主に重い責任を課すことが分かる。
使用者でも労働者でも、労災が起こることを喜ぶ人なんてない。多くの事故は、使用者が提供した就業場所の安全や衛生設備による災害ではなく、使用者がコントロールできないことである(例えば労働者の通勤途中で起こる交通事故)。したがって、企業は基本的な社会保険システムを着実に落とし込むべきである。被災労働者の権利を守るほか、労災保険給付は事業主の労働者に対する労災補償金額と相殺することができるので、労災が企業経営にもたらす打撃を低減することもできる。
筆者が労災案件を担当した経験から見れば、労災保険給付は事業主の労働者に対する労災補償金額と相殺することができたとしても、実務上では、やはり労働者から労災補償責任を負うように請求される可能性がある。労災保険以外に、団体傷害保険や工事現場責任保険を従業員にかける、又は企業が使用者責任保険に入る等、商業保険を通じて事前にリスクを予防・転嫁することをアドバイスする。万が一労災が起こり、保険給付の保障が労働者に速やかに行き届くことにより、労災のせいで労使関係が破滅することを防止する。
司法の実務上でも、事業主がその労災給付のリスクを減らすために労働者に商業保険をかけることは、労働者にある程度の賠償や補償を確保させることが目的であると認められているので、当該保険の給付金額は、使用者の労災補償責任に充てることができる。労働者を保護する義務を実践しながら、労災のリスクを合理的に転嫁したことは、「ウィンウィン」につながるのである。
この文章は「名家評論コラム」に掲載。https://www.fblaw.com.tw/tw/research/media?dbid=6734805559